RIPPLE日記:聖徳太子 SAYS 『大和の国は戦わず』
ECO-WING 21 自然素材の子供部屋 明るいリビング エコマンション10階
お気に入り登録 お問合わせ ECO-WING21トップページ
 現在地:エコウイング21トップページ >> RIPPLE日記:聖徳太子 SAYS 『大和の国は戦わず』
RIPPLE日記
大往生95歳の祖母逝く
今日は私の誕生日
今日は美紀の十三回忌
地球という星の存続をかけて
BSE対策「全頭検査緩和策」
「お仏壇とTV」美紀の命日
アレルギーのお子様
「家づくり塾」見学
ここまできた建築基準法改正
家庭に戻るキャリア女性
聖徳太子 SAYS
鶴の北帰行によせて
京都議定書にこだわりましょう
シンポジウムに参加してPart2
シンポジウムに参加してPart1
 
エコマンション
健康住まい
自然素材ホール
エコマンションを訪ねてみたら
エコマンションに住んでみたら
シックハウスって?
おいしいおっぱい・空気の為に
「ECO-WING21」の
ホルムアルデヒド濃度結果
第一回
第二回
第三回
めざせ!オーガニックライフ!
本物の食と住とは?基調講演
援農体験 じゃがいも堀り
援農体験 梅ちぎり
援農体験 田植え
本物の命としての野菜講演会
ショッピングモール研修旅行
援農体験 トマトちぎり
援農体験 ちょっとひと休み
援農体験 稲刈り
ナチュラル・ハーモニック
ナチュラル・ハーモニック
有機JAS法ってご存知?
有機食品を汚染しないように対策した建物必要です!
日記・掲示板・リンク
反後人美の子育てブログ
マンションの建設日記
管理人日記
RIPPLE日記
歌梨のどたばた出産報告
リンク集
賃貸(マンション・駐車場)
賃貸のご案内
立体駐車場お貸しします
私のこと・・・
私が読んだ本
パン屋さんの紹介
かねくら株式会社
お問い合わせ
ECO-WING21トップページ
ECOマンション
 
あるアレルギーのお子さまを持つお母様へ

2001.9.11 N.Y.ツインタワービルに民間航空機が激突するという衝撃のあの日以来、ずっとずっと書きたくて、でも自分なりの価値観がどうしてもまとまらずに時間だけが過ぎていってしまいました。
 先日、NHKの長編ドラマ「聖徳太子」を見ました。
西暦600年頃の歴史物など、もう風化したどこか違う世界のことのようであまり興味はなかったのですが…
 素晴らしい脚本でした。聖徳太子も人の子、私たちと同じ感性を持ち、同じように悩み苦しむ姿に、時代を超えて共感を覚えました。

 時は6世紀末から7世紀に遡ります。当時の日本は豪族たちによる権力争いに皇族も巻き込まれ、血で血を洗う戦いが繰り返されていました。聖徳太子ももちろんそのなかにあって、「争いを起こす豪族たちではなく、その戦いのたびにかり出される民衆」に思いを馳せてゆきます。「民は争いのたびに家族をおきざりにし、大事にしている田畑を放りださなくてはならない。そして、戦いの最前線にあって殺され、あるいは負傷したりする。」その民衆たちの嘆きや悲しみの方が、聖徳太子の心を強く揺さぶるのです。「この者たちを早く家族の元に返そう」そのために聖徳太子は戦っていました。
 そうして、こういった罪のない民衆の命やその家族を悲しみから救うには争いのない世の中をつくるしかないのだと決意してゆくのです。

 さて一方、中国大陸は隋という大国が治めており、安定した一大国家を築いていました。その隋では「たとえ身分の低い者であっても能力のある者はどんどん登用している」ということを聖徳太子は聞き及びます。隋の話をきくたび、聖徳太子はその魅力にひかれ、「大和の国」と国交を結んでもらうため「小野妹子」をはじめとする第1回目の遣隋使を派遣します。しかし、当時の大和の国は隋のような憲法も何ももたず、国家として認められませんでした。
 そのため、聖徳太子は我が国を認められるよう、隋にならった国家としての基礎づくりを始めます。それは当時、日本を支配していた豪族たちの身分をおさえ、民のなかからも能力のあるものは身分を与え、国づくりに参加させることであり、国の基本である「憲法」を作ることでした。その登用した者たちから幅広く意見を聴き、ついに聖徳太子は憲法の第1条をつくりあげます。それが、「一に曰く、和をもって貴しとし、忤(さから)うことなきを宗とせよ。人みな党(たむら)あり。また達(さと)れる 者少なし。ここをもって、あるいは君父に順(したが)わず。また隣里に違う。然(しか)れども、上和らぎ下睦びて、事を、論(あげつら)うに諧(かな)うときは、事理おのずから通ず。何事か成らざらん。」でした。
 戦いのない平和な国づくりをするこれが聖徳太子の数々の経験から生み出された憲法の柱なのでした。

 「戦いに勝った者が領土を増やし、利権をむさぼる」…そのやり方にしか生きられない豪族たちは、聖徳太子のやり方に不満を高めるばかりでした。「当時、国交のあったお隣の国、百済に新羅が攻めてくる」という情報に、「百済に援軍を送る」という名目で、また民衆を巻き添えにし、戦いに挑むと血気にはやります。聖徳太子はその豪族たちの熱を冷ますため、豪族たちの派兵を許します。しかし、「援軍は那の津(博多)で足止めし決して戦ってはならぬ、我が国は戦わぬのだ」という決死の命題を与え、聖徳太子は援軍の頭として愛する弟を送り込みます。
 その間にも聖徳太子は大和の国の基礎づくりを少しずつすすめていきました。そしてそこへ一つの訃報が入ります。長期に渡る足止めに郷を煮やした豪族たちからとうとう愛する弟が殺されてしまったという訃報でした。怒り悲しむ聖徳太子は、豪族の長であり自分の妻の実父である「蘇我馬子」と互いに刺し違えようとしますが、新羅出身の聖徳太子の第一の部下が命を投げ出して「刺してはなりませぬ」と、その場をおさめるのでした。
 聖徳太子は自分の弟、そして最も信頼する部下という車の両輪を失いながら、その尊い命を無にせぬためにも立ち直り、国家としての基礎を固めていきます。そして西暦607年、とうとう「小野妹子」率いる第2回遣隋使は、中国大陸の一大国家「隋」との国交を樹立します。大和の国が初めて国家として認められたのです。そしてその憲法第1条のとおり、その後聖徳太子が没する40年余りの間我が国で戦争はなかったのです。

 聖徳太子の時代から現代まで、1400年もの間「平和と安定」を求めてはいくつもの犠牲が払われてきましたね。我が国での一番最近のものとしてあの「太平洋戦争」があげられます。日本のはるか長い歴史のなかでは、ほんの50数年前に起きたあの大戦です。当時の戦争体験を祖母や母から聴いています。「夫やその兄弟を戦争にとられ、幼な子を抱え食べものを追い求めた」(祖母)、「長崎に落とされた原爆の『きのこ雲』を、幼な心に焼きつかせている」(母) …まるで空爆の最中にある今のアフガニスタンの難民の話のようです。また、特攻隊を命ぜられ、鹿児島の前戦に赴きながら終戦を迎え、『生き残り兵』として戦争を語り継いでくださっている方々の話も聴きました。
 そしてその話を聞くたびに、どの方も口を揃えておっしゃるのは『私は家族のために戦いに行く。家族にいつか訪れる平和のために戦地に行く。』ということなのです。聖徳太子の世であれ、現代であれ、戦争にかり出される者たちの思いは一つなのですね。平和を求めて数限りない犠牲が払われ、尊い命が亡くなるという歴史を、私たちは繰り返して来たのですね。

 N.Yのツインタワービルの崩壊という(その瞬間に何千人という人の命が奪われた)現実を目のあたりにして、そして「そのテロへの報復」として、今なお続く攻撃…、その戦火のもと餓えと寒さに苦しむ難民たち…。どちらも何の罪もないに他ならないのですよね。人の命に比重などあるはずもなく、一人一人皆平和を望み、幸福になる権利を持つ同じ人間なのです。
 今日本にできることは、さきの大戦で「平和な日本、家族のために」多くの犠牲を払われ、今の私たちの平和な世界を築いていただいたことに感謝し、もう二度とそのあやまちを繰り返さないことに他ならないと思います。そして現在の日本の繁栄は、日本国民の努力だけで築かれたものではなく、近隣諸国や同盟国による理解や協力、そしてその犠牲もあって、はじめて今の日本があるのだということも忘れてはなりませんね。
 今回のテロも、そのテロの発生の原因を追求すればするほど、アフガニスタン当地での世界の国々の「自国の利益を優先させた」無秩序な行動と、そして「利益にならぬ」と判断したあとのその無関心さが招いたものという構図がうかんできます。
 テロ行為そのものは許されるべきものではありません。しかし、そのテロを招く原因は「人間の利己主義」と「無関心」がつくるものだということを考えると、どの国のどの場所で起きても不思議ではないのかもしれません。

 日本には「お陰さまで」という素晴らしい言葉があります。人は一人では生きられませんよね。「皆さんのお陰で今の私があるのです」 …そういった感謝の気持ちをもって、謙虚な心を大切にすれば、そして「私はあなたのことをいつでも思っているよ。忘れてはいないよ。」…といったメッセージをつねに送り続けること、心を届けることを忘れなければ、「憎悪の心」に何かの光をさしこむこともできるかもしれません。飢えていては平和も語れませんよね。お腹をパンと温かいスープで満たし、寒さをしのぐ毛布にくるまり、傷ついた心を本当にいやすケアがあってはじめて自分達の将来を語るゆとりも生まれるのではないでしょうか。今深く傷つき、苦しんでいる全ての人にこのケアを受ける権利があると思います。

 私達夫婦には、ロサンゼルスにもう在往して20年ほどなる友人がいます。彼は現地で結婚し、可愛い女の子とうちの長男と年の近い男の子の4人で平和な家庭を築き、ツアー関連の会社を経営しています。当然のことながら子どもたちも深く傷つき、仕事も大打撃です。「頑張ろう」という私のメールに、彼も現状を率直に語ってくれました。もうすぐX'mas。去年は日本からおもちゃを送ったのですが、今年は炭そ菌のニュースから郵便物も思うように送れません。頑張ろうね。時間は少しかかるかもしれないけど。
 必ず夜明けはやってきます! それを信じて、同じ地球上で同じ時代を生きる仲間として・・・私たちは忘れません。いつでも思っています。だから悲しい時は悲しいと、苦しい時は助けてくれ!と、どうぞ大きな声をあげてください。いつでも待っています。

 私達親世代の責任は、決して今の現実に背を向けずに、そして関心を寄せつづけ、わかりやすいやさしい言葉で子どもたちに語りつづけることではないでしょうか。それこそ、今 どれだけの恵まれない子どもたちが、同じ地球上に生きているのか…。今 自分たちがどれだけの犠牲のもとに、こんなに恵まれた環境に生きていられるのか…。そのことに感謝しようね。そのことを皆といっしょに心配しようね。
 そして、地球上全体に 一日も早い平和が訪れるために、自分たちのできることをはじめようね…。

 「大和の国は戦わぬ」…そう自分は血を流しながらも貫きとおした立派な祖先が日本にもいた。「その指導者の元では、きちんと平和が守りとおされた」 日本にはそんな立派な歴史があったことを忘れないでいたい。誇りに思いたい。「だから私も胸をはって平和について語ろう」ようやくそう思えるようになったのでした。

12月15日(土曜日) 19:30から
BS2にて大型ドラマ「聖徳太子」が再放送されます。

Copyright © 2002-2005 エコマンション ECO-WING21 All Rights Reserved.